令和です。
平成が終わり、令和が始まった。
始まったというべきか、令和になったというべきか。
正直、なんの関心も持っていない。それでも世間はどうやらお祭りムード。
まるで年始のよう。たしかに年始には違いないが。
こんなに興味がないのは、なぜだろう。
まず、僕自身が平成生まれだからかもしれない。
平成を振り返ったり、平成を代表する○○、平成ベスト○○なんて企画を見かけては、勝手に疎外感を感じているのか。
なぜなら、僕が目にするもの、触れるもの、体験するもの、平成以前の作品や昭和の時代からあるものかもしれないが、
僕にとってはそれは平成のものなのだ。
次に、元号自体に興味がない。
元号で時代を語ることの意味をそこまで見いだせない。
昭和は長すぎた。昭和を代表する○○なんて出来ないだろう。
大正/昭和という改元よりも、戦前・戦中/戦後という出来事の方が衝撃だ。
その点、確かに31年で終わった平成はちょうどいい長さだったのだろう。
時代の区切りとしては丁度良く、文明の発達のスピードも申し分ない。
だが、昭和が終わり、平成になって何か変わったのだろうか。
何かを語る上で、平成という元号で区切る意味があるだろうか。
平成が終わり、令和になったところで何も変わらない。
世の中を動かしているのは昭和の人間だ。
元号を決めた、元号に関する懇談会、全閣僚に平成生まれは一人も居ない。
第一、平成生まれの政治家が全体の何パーセントいるだろうか。
そんな改元の良い点をあげるとすれば、
何かを始めるのには丁度良いという点だ。
こんなブログを書き始めるには。